Employee introduction
社員紹介

27歳の若さでジャカルタ工場へ
大宝工業の技術力を支える金型とは?
PLOFILE
S.Mさん
大宝工業株式会社 インドネシア ジャカルタ金型工場 責任者
Employee introduction
PLOFILE
S.Mさん
大宝工業株式会社 インドネシア ジャカルタ金型工場 責任者
プラスチック製品を射出成形するときに欠かせない「金型(かながた)」。
製品の出来栄えを大きく左右するため、不具合や不良が生じにくい、
精度の高い金型をつくることが求められます。
大宝工業でも金型づくりを行う部署は特に重要であり、
インドネシア・ジャカルタ金型工場もそうした拠点のひとつとなっています。
そんなジャカルタで若くして金型部門の責任者となったSさんに、
大宝工業に入社した経緯や異国での暮らしなど、気になるポイントをお聞きしました。
大宝工業のアジアでのマザー工場であるジャカルタ工場。27歳の若さで金型部門の責任者として赴任することになったSさんは、幼少期から「ものづくり」が大好きだったそうです。
「紙・粘土・木材などなど、自分で素材を買ってきていろいろなものをつくることが大好きでした。小学生のころには早くも、将来ものづくりに携わる仕事がしたいと思っていたくらいです。
自分の手で何かをつくり出す楽しさを覚えてしまったので、大学では工学部機械工学科を専攻。ものづくりの道へ着実に歩みを進めていました」
そんなSさんが大宝工業に出会ったのは、就活が始まってすぐのこと。
「同じ大学から過去何名か大宝工業に入社していて、教授から『アットホームで良い会社みたいだよ。面接だけでも受けてみたらどう?』と薦められたんです。
生まれも育ちも愛媛だったので、県内の企業に就職しようと思っていたのですが、そこまでいうなら受けてみようと思い、入社試験に臨むことになりました」
その後はとんとん拍子に選考が進み、一次・二次を経て最終面接へ。どこよりも早く内定をもらい、すぐさま大宝への入社を決めたというSさん。
その決め手となったのは「この会社、面白すぎる!」という点でした。
「まずは部長との一次面接。他社でよくあるような緊張感のある面接かと思いきや、私が口を開く間もなく『大宝工業って、こんな会社なんだよ!』というアピールタイムが始まりました。会社の話いろいろと聞かせてくださったんですが、それが本当に面白くて(笑)。思わず部長に惚れそうになりました。
二次面接に進み、今度は役員クラスの方との面談だったのですが、これまた自己紹介した後は、大ボリュームの大宝アピールタイムに。インパクトが強すぎて何をどうアピールされたかは覚えていませんが、とにかく『この会社、楽しい人しかいないんじゃ⁉』と、期待値が上がっていきました。
最終面接では、当時の会長と話す機会をいただいたのですが、やはり大宝のアピールがメインで、私自身は自己PRなど準備していたのですが、それを披露するタイミングもなく面接が終わった印象でした。今考えると緊張せずに面接に臨めたことも幸いしたのか、その後すぐに内定をいただきました。
こんなユニークな会社、他にはないのではないか?この会社なら伸び伸びと仕事ができるのではないか?そう考え、入社を決意しました」
通常、大宝工業では入社後1年、本社や国内外にある工場を回る研修期間が設けられています。しかしSさんはもともと設計を希望していたこともあり、最初から金型技術支援部(旧・金型事業部)に配属。1年間、金型づくりのノウハウを学ぶことになりました。
「工業系の大学出身ではありますが、専攻が機械工学ということもあり、実は、金型というものがあることを入社して初めて知ったんです。エンジンとか家電とかそういうポピュラーな機械系と比べたら、金型ってどうしてもマイナーな感じがしますよね。
板金くらいなら聞いたことあるけれど、金型はそこまで身近ではありませんが、ないと成り立たない世界があることを知り、どんどん興味がわいてきました」
射出成形に使う金型とは、凹部(キャビティー)と凸部(コア)のふたつで構成されていることが多く、この凹凸の間にできるすき間に溶けたプラスチックを射出し、冷やし固めることで製品が出来上がります。
ただ凹凸があればいいというわけではなく、いかに短時間に無駄や偏りが出ないようにプラスチックが行き渡らせるか、また射出後の冷却をいかに効率よく行うことができるかなど、金型づくりには匠の技ともいうべき、さまざまな技術・知恵・工夫が結集しています。
「初めは金型部品ひとつ覚えるのもひと苦労。金型の設計図面を最初に見たときは、難解すぎて読み解くことすらできませんでした。それでもなんとか食らいつこうと思い、ひたすらノートにメモ。基礎知識を身に付けないことにはどうにもならないので、集中して基礎を学びました。
始業前や終業後には、書き込んだノートを見て予習復習。今でもたまに、そのころのノートを確認することがあります。
当時、大卒で金型事業部に入ったのが私ひとりだったということもあり、手厚い研修を受けさせていただきました。おかげで設計の基礎など丁寧に学ぶことができましたね。
初めて自分自身で引いた金型の設計図面は、今でも大切な宝物です」
金型についての知識を身に付け、設計にも少しずつ慣れて来たころ、Sさんのもとに思わぬ辞令が届きました。
「『もう日本で学ぶことはないだろう』と言われ、その2~3ヶ月後にはジャカルタに赴くことになったんです。私自身、海外志向はあっていつか海外で働きたいと思っていたので、『思っていたより早いな。それから、任期が提示されていないけどいいのかな?』などと思いつつ、赴任を決めました。
大宝工業には大卒社員に向けた海外研修制度があり、私はフィリピン・ジャカルタ・タイの3カ国で研修を受けました。そのときのイメージでは、タイがダントツで暮らしやすそうで、次がフィリピン、3番目がジャカルタだったんです。
なので『あ~、ジャカルタか~』と、そのときは少しだけ残念に思ってしまいました。
それでも、初の海外勤務にワクワク。金型工場があるのはジャカルタから1~2時間ほどの工業団地なのですが、良い意味でほどよく田舎でほどよく栄えていて、日本食が買えるスーパーもあります。『住めば都』で、すぐになじんでしまいました」
海外赴任から1年半は、仕事においてひたすら試行錯誤の繰り返し。言葉の壁もあり、何をどうすればいいか分からない手探り状態のなか、もがき続けていたというSさん。
「日本にいたときは設計が主だったので基本的にデスクワークだったのですが、ジャカルタでは金型部門の責任者という立場もあり、現場も見る必要がありました。
今までは机上の空論的な部分があったのですが、現場に立つとやはり違うもの。メンテナンス部門や機械加工など、全体を見なければならないため、今までの考え方とのギャップに悩まされるなど、毎日苦労する場面ばかり。
そのため、頭の中がゴチャゴチャして何をして何をしないかの選別すら難しくなってしまったこともありました。赴任後1年半ほど経って、ようやくすべきことが見えてきたように思います。
何よりも大変だったのは、やはり言葉の壁。英語なら通じるだろう、くらいの気持ちで行ったのですが、まったく通じない環境で。
現地スタッフも理解しようと努力してくれるので、なんとか身振り手振りも使って心を通わせることができるのですが、最初のころは、本当にキツかったですね」
インドネシアと日本では、文化も大きく違います。責任者という立場になったSさんは、こうした文化の違いにも気を配っているといいます。
「 インドネシアではイスラム教徒の方が大半を占め、メンバーへの配慮が必要なことも多いです。
何よりもお祈りの時間を優先することへの理解や、ラマダン(断食)期間中は疲弊しやすいため、いつもよりもメンバーの体調を気遣ったり、彼らの前でできるだけ飲み物などを口にしないなどの配慮をしてきました」
気さくで優しく、そして勤勉な現地スタッフに、ときに癒されることも。
「先日、現地スタッフの家に招待してもらったんです。食事会を開いてくれたのですが、それぞれの家族も参加し、歌を歌ったりして交流を深めました。
まだ若い私にもリスペクトを表してくれるところに嬉しさを感じましたね。ただ……ローカルフードを食べた代償として、翌日『perut sakit(腹痛)』に(笑)。これもまた、良い経験です」
インドネシアでの仕事はなかなかハードで「日本に帰りたくなるときもあります」と本音もこぼれるSさん。しかし、現地スタッフとの間に築き上げた信頼感が、自身を支えてくれているのだとか。
「インドネシアの金型工場は成形工場が併設されていて、とにかく忙しいんですよ。納期ギリギリの仕事が舞い込むこともあって、緊急対応することもあります。
でも、ローカルスタッフが本当に一生懸命に頑張ってくれるんです。だから自分も一緒に頑張ろうと自然に力が湧いてきます。
また、ジャカルタの金型工場は大宝工業の中でも重要度が高く、稼働できなくなったら会社全体に影響が及ぶ可能性もあります。責任ある仕事を任せられているという自負もあるので、スタッフと一緒に乗り越えていきたいと思っています」
少しずつ未来が見えてきたことで、Sさんは更なる意欲を燃やしています。
「引き続き、海外で経験を積みたいと思っています。それとともに、金型にまつわる技術を磨き、知識を深めていきたいです。
もともと設計で入っているので、一流の設計者になることを目標に定め、進んでいきたいですね。そのためにもまずは、ひとりですべてやりきれるよう、学んでいきます。
20代で海外勤務を経験させてもらえたことは本当にありがたく、感謝しています。
ただ、少しだけ日本に帰れるとうれしいですね(笑)。2024年の初夏に、ジャカルタに赴任して初めて一時帰国しました。久しぶりに食べたお寿司が身に染みました(笑)」
3度にわたる面接で大宝工業への愛を語られ、今、自身も大宝工業への愛を大きくしているSさん。海外拠点の実力を高めるために、どのような人材に来てほしいと考えているのでしょうか。
「柔軟性がある人。これは海外で暮らすうえで、譲れないポイントですね。
海外では日本とはまったく違う価値観や文化があり、それらを理解して環境に順応できる力が大切だと思います。そういったしなやかさを持った人が、海外勤務に向いていると思います。
あとは言葉。しゃべれなくてもいいんです。通訳はいませんが、自分がいいたいことを最後まで伝えきれるコミュニケーション力を持っている方に、ぜひ来ていただきたいですね。
私は赴任して最初の2~3ヶ月、伝えたいことをきちんと言葉にせず痛い目を見たので(笑)。日本人らしい『なぁなぁ』な状態は、海外では通じないことも往々にしてあります」
大宝工業も含め業界的に、若手人材の不足が否めません。しかし「製造業だからといって、大宝を志望から外すのはもったいない!」と、Sさん。
「働いているからこそいえるのですが、こんなに面白い会社はちょっと他にはありません。個性的な人たちが多いので、気楽に自分らしく、仕事をしていくことができます。
駅伝や発表会などイベントが多いのも、ちょっとした息抜きになりますし、海外勤務はなかなか大変ですが、若くても大きなチャンスを与えてもらえます。私が大宝工業で働き続けている理由は、そうしたメリットが多いからかもしれません。
アットホームだけど、日本一・世界一を目指す本気の集団、それが『大宝工業』です。この面白い会社を、一緒に盛り上げていきましょう!」